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2017年 日本ゲシュタルト療法学会大8回大会

葉子です。
梅雨が明けて、蝉の声もいっそうにぎやかです。
地球全体で気候が変化し、日本の四季の移ろいも以前とは様変わりです。
ここ数年はこの新しい気候を体験しているにも関わらず
心の中には昔のままの「夏」のイメージが住み着いています。
新しい体験に馴染むのに時間がかかるようになっています。

去る7月15日~17日の3日間
日本ゲシュタルト療法学会大8回大会が開催されました。
大会テーマは「出会いから生まれるもの~ゲシュタルト療法と交流分析~」
千葉県流山市の江戸川大学が会場でした。
真夏日の続く中
全国からたくさんの方が集い学びの時を共にしました。

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大会長はGNJスタッフでもある室城隆之さん。
私は久しぶりの大会事務局を
GNJ会員の倉林房子さん、岡本妙子さんと一緒に勤めました。
大会事務局スタッフを参加者のみなさんが探しやすいように
識別できる身に着ける物を準備してもらったのですが
こんなタスキを選んでくれました。

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私には思いもよらないアイデアで
わぁ~、きゃぁ、これするのぉ、ええぇ~!? 私がぁ!! 
と、朝から大騒ぎしてしまったのですが
一人では絶対できない体験が
誰かと一緒にやるからこそ体験できる
そこはかとない愉快な気分がひろがりました。

私が迷わず選んだタスキは「私は幸せ

人生は出会いから始まる
それは常に新しい体験
見て聴いて触れて出会い続ける
違いを知り、違いを認め合うことができるとき愛が生まれる
そんなことを思いながら
このタスキの言葉さながら、幸せな3日間でした。
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手仕事の豊かさ

葉子です。
最近のお気に入りのバッグとポーチです。

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友人のお母さんが作っている帯をリサイクルした作品です。
丁寧に意匠をこらした帯地を、丁寧な手仕事でバッグやポーチに仕上げる。
時代が変わってゆく中、日常的だったものがそうでなくなる時がたくさんあります。
それを様々に工夫して使い続けることの何と豊かなことでしょう。
モノがあふれている現代に窒息しそうな感じがあって、「もう何もいらない」とたびたび思うのですが、こんな素敵なモノに出会うとあっさり前言撤回!です。
あふれているモノの中には、こんなふうに丁寧な手仕事による何とも豊かな気持ちになるモノが実はたくさん潜んでいるのですね。
私は「モノを作る」手仕事は残念ながら不器用なのですが、丁寧に作られたモノを使う日々を丁寧に生きよう。そんなふうに思っています。
Yoko

母がレビー小体型認知症です

葉子です。

認知症はひとくくりに語られがちですが、認知症の種類によって症状は全く違います。特にレビー小体型とアルツハイマー型認知症は全く違います。高齢の母の場合は、アルツハイマーの主症状でもある記憶障害(いわゆる物忘れ)もあるのですが、進行はとても緩やかですし、レビーの方の中には記憶障害がほとんどない方もいらっしゃいます。

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レビー小体型の主な症状のひとつに幻覚があります。幻視・幻聴・幻臭・幻触・幻味…すべてがあるとは限らず人によって様々ですが、幻視の症状を持つ方は多いようです。
母の場合は、知っている人が現れます。突然その人が「いる」のですが、突然「いなくなる」のです。母の場合は知っている人なので「恐い」ということはないのですが、知らない人が「いる」場合は、それは恐いだろうと想像できます。母は恐くはありませんが「どういうことなのか」混乱はします。母にとっては確かに実在しているので、それが他の人には見えないことや、それが死んだ人であることについて「どう理解すればいいのか」回答が見つかりません。突然「いなくなる」ことも不思議です。ですから不安を感じています。

母と接していて実感することは、思考能力も感情機能も正常だということです。記憶障害がありますが、「わからない」ことは自覚しています。ただ「何が」わからないのか「わからない」ので言い訳すらできませんし、不安を感じます。ですから怒られたり、非難されたり、はたまた同情されたり、子供を諭すような言い方をされたりすると、憮然となったり、憤然となったり、落ち込んだりします。

『当然だよね、お母さん。
お母さんはバカになったわけではないものね!
脳の一部は誤作動があり、一部は機能が低下しているけど、
精神はこんなにも健全そのものですものね!』

私はつくづく「認知症は何もわからなくなる」と十把一絡げにしてしまうことの間違いと誤解に危機感を持ちます。感情機能があることについてばかり言及される記憶障害についても、重症になれば「言葉」「意味」「文脈」を想起できなくなるので結果として「思考能力」は低下しますけれど、その過程では思考能力の正常さが失われているわけではない、と私は考えています。それを「何もわからない」「何もわからなくなる」と決めつけられるのは、どれほどの苦痛でしょう。

マザー・テレサの言葉を思い出します。
「貧しい人々が最も求めているのは、憐れみではなく愛なのです。人間としての尊厳に敬意を払ってほしいのです。」

同じだなぁと思います。同時にこれは貧しい人や病気の人だけではないなぁと思います。本当は誰もがありのままの自分を知ってもらいたい。自分がどんな状態であれ、勝手に決めつけてほしくない。心配や憐れみの代わりに、時々でいいから一緒に楽しい時を過ごしたい。私はそう願いますし、生きている一人ひとりの共通の願いに思えます。

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40年越しの思い

葉子です。
その昔、中学生だった私は稚内に住む同年の女の子と文通友だちになりました。
一度は彼女の生まれ育った稚内に行ってみたい…
そう思いながら40年以上もたってしまったのですけれど
おまけに現在彼女は神奈川県に住んでいるのですけれど
稚内に行ってみたい、その思いが今も消えずに私の中にあることに気づいて
ふと思い立って行ってきました。
調べる途中で稚内とサハリンを往復するフェリーの運航予定が目に留まりました。
サハリンまで5時間半かぁ…
ふとした思いつきが重なって稚内からサハリンまで足を延ばすことにしました。

稚内は人が少なく、静かな町でした。
日本最北端の宗谷岬も観光客はまばらで、とても静かでした。
駅や商店街の案内にはロシア語が併記されていて新鮮でした。


稚内を出港したフェリーは海上で国境を越えてコルサコフの港に到着します。


サハリンでは州都であるユジノサハリンスクに滞在しました。

日本時代に「豊原」と呼ばれていた都市で、日本時代の建物が今も点在しています。
物価が高いですが、街並みはきれいに整備され、治安も良く、人々は親切でした。
英語はほとんど通じません。
日本時代の豊原公園がそのままガガーリン記念文化公園になっています。
自然の豊かな素敵な場所で、朝な夕なにのんびり散歩を楽しみました。






サハリンではどこを歩いていても
ベビーカーや小さな子どもを連れた親子にたくさん会いました。
稚内の静けさとは対照的でした。
文通友だちの生まれ故郷を歩いてみたい…
40年越しの少女の頃の思いは
こうして日本の過疎化の現状を体験し、ロシアという異国に触れる旅になりました。

満開の桜

葉子です。

毎年3月の中旬から4月は桜の開花が待たれ
日本中が今か今かと心落ち着かない日々を過ごすように思います。
桜が花開けば、それだけで心浮き立つような喜びを感じます。

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満開の桜を愛でながらふと気づいたことがあります。
その日は曇り空の下に風が出て、窓から眺める桜の木々がわさわさと揺れている様が
どこか恐ろしいような…
まるで深い闇と隣り合わせのような…
美しくも怪しげな風情…に感じられて、はっとしました。

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友人が癌で入院しています。友人のことが心から離れない日々です。
日頃写真をとる習慣のない私ですが、今年は桜を写して友人に送りました。

毎年、同じように桜を愛でているようでいて
その時その時に感じられる風情は私の心の写し鏡です。

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パールズはすべてが投影だと言っていましたっけ。
桜の足元には小さな花たちが咲いていました。

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プロフィール

gnj

Author:gnj
こんにちは、ゲシュタルト療法のワークショップを開催しているNPO法人ゲシュタルトネットワークジャパンです。
ゲシュタルト療法の「今-ここ」の「気づき」は、いきいきと自分らしく生きるエネルギーを活性させます。ひとりひとり違うonly oneの大切な存在である互いを認め合いながら、家庭で、学校で、職場で、地域で、世界中で、つながりあっていく社会を実現したいと思っています。

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