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伊豆大島で合宿(2012年3月2-3日)

 前日までの雨まじりの寒い大気は、水平線のかなたから晴れてきた。
空を飛ぶように走る高速艇は、時速80kmで東京湾の海面を高速道路にしてひた走っていく。途中で久里浜に立ち寄って客を乗せ、満員となった船艇はそれでもなおスピードを速めて、水平線のかなたへと海面に船体を浮かせて二本足で滑っていく。水上スキーの船だ。

ship400.jpg

 山の手線浜松町の竹芝桟橋から二時間足らずで島影が現われた。しずかに佇んでいる海の中の岡に、人々から迎えられて足を踏みのせた。揺るがない土の上に身体をのせた安心感が湧き起こってきた。伊豆大島の岡田港だ。
 ホテルを根城にして、スタッフの家をワーク会場の拠点にして、一泊二日の春合宿が始まった。スタッフを含め13人の参加である。2名は新規会員の加入をしての参加である。

さて、6ヶ月前から企画委員を募って計画を立ててきたプランを紹介する。
3月3日(土)
(1)-1 自然と気づきのワーク
(1)-2 明日葉摘みと自然との対話 
(2)ワークショップ 
(3)海が見える露天風呂体験 
(4)地元の温もりを味わう居酒屋

3月4日(日)
(5)大島公園散策と椿祭り体験
(6)島の料理(昼食)を味わう
(7)ワークショップ・クロージング 

 プランの内容を体験的に紹介すると、明日葉摘みは地元の人の協力を得て、私有地に入らせていただいた。ハサミを用意してくれ、摘み方・明日葉の見方を教えていただき、好きなだけ摘み取って無料で持って帰らせていただいた。かわいい小さな明日葉の茎にハサミを入れるとき胸が痛んだ。「ごめんね。切っていいかい。切らせてね。ゴメンネ。」

 ワークショップでは、トレーニングコース修了者から3名のファシリテーター希望がでて、二つのワークが行なわれた。後にはファシリテーターへのスーパービジョン的フィードバックも行なった。

ws_inside400.jpg

 露天風呂は、水着着用の混浴である。空の下で海を眺め、山を見てゆったりと温まった。
地元の人も子ども連れで、女性の友達同士で、三々五々おしゃべりを楽しんでいた。

 地元の居酒屋「ごろう」は居心地がよかった。料理は地元の魚と野菜を使った独創的な物で、美味しかった。大きなテーブルを囲んだコーナーで、ワイワイと感嘆の声を出しながら、舌鼓を打ちながら、魚の買い付けまでして満足した。

izakaya.jpg

(左からやりイカ以外は、大島産:やりイカの煮付け、あしたばの茎サラダ、せせりバター(貝のバター炒め))


 ホテルへの帰りは、真っ黒な暗闇を見つめ、その中を歩きながら、“自分”の身体と心だけを感じた。ポツンとある街灯がなんと明るいことか。光の中に開かれてホッとする。
 部屋に戻ると、6~7人が集まり夢のワークが始まった。3人のワークが行なわれ、
ワークについての振り返りをして12時過ぎに解散した。

 翌日の大島公園散策は思わぬ体験をした。メンバーはそれぞれ興味があるところへ散策して行った。私はフト「海岸へ出る道があるよ」と地元の人が教えてくれたのを思い出し、
海岸への散策コースを目指した。足元がゴロゴロした、緑樹のトンネルの散策道を歩いた。
誰もいない草木で繁みがちな道を心細くなりながら行くと、小さな怒涛の音が聞こえはじめ、目の前がひろがると海であった。はるかな断崖だった。

大島合宿の行者窟

 太平洋の荒海と怒涛が、これでもかこれでもかと断崖を打ち砕こうとしていた。溶岩の塊である断崖は、ジッとそこに在り、汗なのか涙なのか・・岩肌を流れている。
 大海の只中にポツンとある小さな島を、だだっ広い荒海が呑み込もうとしている。こんな小さな島はひとたまりもないかもしれないと思うと、3,11の大津波と重なって不安が湧き起こってきた。
 何度も打ち砕こうとする怒涛と断崖をしばらく見つめている内に少し不安が薄れ、安心が出てきた。大丈夫だ。断崖は汗も涙もない。あれは荒海の滴だ。大岩はしっかりとそこに在る。大岩の、断崖の途方もない頑丈さは何処から来ているのか分からないが、そしてまだ絶対に大丈夫だと信じきれていないが、生命が生きるとはこんなことなのだろうと思われた。
 大自然が包み込んで無にしようとしてくることにあらがって生きつづける事は、大海の中の小さな島であり続けることと同じ営みなのだろう。無意識の内に食事をして眠り、そして働く。その普通のことが「生命が生命で在りつづける」ことで、島が島でありつづけることである。
 そして、断崖の普通にあることの上に、草が茂り樹木が生え、牛が草を食み、それらのお陰に人間の営みがある。島の人々は何代にもわたって、断崖の頑丈さを自分の生命の営みと同じくらいに自然で当然のこととして生きてきている。私は関東平野という本土があること、日本列島という大地があることに気づきを持つ機会もなく生きている。そして、島の人々は日々大海の中にある断崖を見てその頑丈さを信じて生きている。これが、人が生きることの頑丈さかもしれない。(了)
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Author:gnj
こんにちは、ゲシュタルト療法のワークショップを開催しているNPO法人ゲシュタルトネットワークジャパンです。
ゲシュタルト療法の「今-ここ」の「気づき」は、いきいきと自分らしく生きるエネルギーを活性させます。ひとりひとり違うonly oneの大切な存在である互いを認め合いながら、家庭で、学校で、職場で、地域で、世界中で、つながりあっていく社会を実現したいと思っています。

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