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見えているものと見えていないもの

葉子です。

我が家の周辺では、GW前に満開だったツツジの花も終わりを迎え

葉の茂る木は燦々と降る日の光の中に安らいでいるように見えます。


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今見ているモノには見えていない部分があることに思いをはせる日々です。

母はレビー小体型認知症ですので

私には見えないものが見えたり、記憶の喪失や混乱が起きます。

そうであっても精神の健全さは失われていないことが身近にいるとよくわかります。

分からないことが増えていることや

どうしてなのか釈然としない自分を情けないと言います。

自分が見ているモノを否定されると傷つきます。

そんな母の話をいつも興味深く聞くのですが

時々はっとするほど奥深いと感じられる母の言葉(体験)に出会います。

 

ある日、病院へ行く母を迎えに行き、父に挨拶をして家を出て歩いていた時のことです。

突然「振り向いてみて」と私に身を寄せて囁きました。

とまどいつつ振り向くと父が私たちを見送っていました。

「お父さんがいたよ。手を振ったよ」と報告すると

「二人いた?」

「一人しか見えなかったよ?」

「ふーん」

「さっき家にいた時、二人いたの?」

「うん、そうねー、黒い人と白い人がね」

「いつも二人いるの?」

「なんかねー、時々かなー、よくわかんない」

 

別のある日、お茶を飲んで一休みしていた時のことです。

「ほら、私さ、2年でしょ? だから、それまで、後2年はあなた絶対死なないでよね」

「そうなの? お母さん、2年って、何が?」

「だから。私よ。2年だから。だいたいねー。それまであなたがいてくれないと困るの。」

「あー、そうなの? だいたい2年? なの? う~ん… 2年なら生きてると思うよ」

「絶対よ、約束してよ。あなただけ(が頼り)なんだから」

「わかった。約束する」

「あ~、これで安心」

 

折に触れ「生命の叡智」という言葉が私の中に去来します。

見えているモノは常に一側面でしかないのだと繰り返し実感します。

そのたびに世界が新鮮に映ります。

認知症になった母から身近に教わることの深さに感謝の日々です。



 

 

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Author:gnj
こんにちは、ゲシュタルト療法のワークショップを開催しているNPO法人ゲシュタルトネットワークジャパンです。
ゲシュタルト療法の「今-ここ」の「気づき」は、いきいきと自分らしく生きるエネルギーを活性させます。ひとりひとり違うonly oneの大切な存在である互いを認め合いながら、家庭で、学校で、職場で、地域で、世界中で、つながりあっていく社会を実現したいと思っています。

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