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リン・ジェイコブス(Lynne Jacobs)博士のワークショップと基調講演に参加して 

(2015年7月18日(土)に日本ゲシュタルト療法学会学術大会のリン・ジェイコブス(Lynne Jacobs)博士のワークショップと基調講演に参加しました。)

リンのお話は、ひとこと、ひとこと、身に染みるものがあった。

# どこにゲシュタルト療法と(我―汝)の接点があるか。
私は、ゲシュタルト療法と(我―汝)の統合を書いた。
人間は周りの環境から分離しては生きられない。その人間を理解しようとしたら、その人の環境を理解する必要がある。ブーバーは二つの方法を提示した。

(我―それ)
(我―汝)の二つである。

(我―汝)ばかりにフォーカスするのは間違い。
(我―それ)も同じく大切である。

(我―それ)なくては生きることが出来ない。
(我―汝)なくては「人間であること」が出来ない。

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# まず、具体的に(我―それ)の関係について説明した。
今、この瞬間、リンがレクチャーをしている状況は(我―それ)の関係である。
今、リンはある種の考え方にそって関わっていて、魂どうしで関わっていない。
世界の中で生きていくには、(我―それ)の関わりなくしては生きていけない。
アメリカから東京に来るまでのリンの行程は、まさしく(我―それ)の関わりである。

補足 (われ―それ)は「もの」の世界
「それ」と呼びかけた「われ」は、(われ―それ)の世界を生きる「われ」となる。
(われ―それ)の世界を生きるということは、「それ」と呼びかけた「われ」もまた「それ」の存在になるということである。(われ―それ)の「それ」は実体化、物質化、対象化、分別化、固定化、分断化、された「もの」である。対象を「もの」にしてしまうということは私もまた「もの」になるということである。他者を「もの」にして扱うということは、私もまた「もの」になる。  「我と汝」を読む 志慶眞文雄より

# 対話は(我―それ)が行ったり来たりして、(我―汝)の瞬間は少ないとブーバーが言っていた。インクルージョンが起きた一瞬に(我―汝)の関係に入る。リンは○○のワークの後のシェアで○○が心を打たれたとき、リンの心も動いた。波が二人を連れていくような感じであったといった。このとき、ブーバーの言う出会いがあったと私は推察した。ブーバーは患者を動かすのではなく、出会うことだといっている。魂と魂の出会いである。

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補足 (われ―なんじ)は「関係性」の世界
(われ―なんじ)の「われ」は「なんじ」という呼びかけが聞こえた「われ」である。そしてその「われ」もまた「なんじ」と呼びかける存在である。「なんじ」と呼びかけられた「われ」と「なんじ」と呼びかける「われ」は「われーなんじ」の広い真実の世界を生きる。「われ」である。  「我と汝」を読む より

注  文章の中の患者というのはクライアントのことである。
   リンはクライアントと呼ばれたくないと言っている。
   患者とは、ラテン語で苦しむ人という意である。

by トヨ子
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Author:gnj
こんにちは、ゲシュタルト療法のワークショップを開催しているNPO法人ゲシュタルトネットワークジャパンです。
ゲシュタルト療法の「今-ここ」の「気づき」は、いきいきと自分らしく生きるエネルギーを活性させます。ひとりひとり違うonly oneの大切な存在である互いを認め合いながら、家庭で、学校で、職場で、地域で、世界中で、つながりあっていく社会を実現したいと思っています。

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